60年前の「馬鹿になれ!」 - 竹下陽一の朝飯前
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2015年5月9日土曜日


こんにちは!充実様!

今日も遅くの更新になってしまいました。

理由は聞かないでください。
特にないので(;_;)





せっかくの週末なのに、



天気悪いですね。

今朝もチラホラと雨が降ってましたし。





地元では祭りなのに



僕のふるさと、赤羽では今日/明日と2日間祭りを開催しています。
毎年この時期になるとやる恒例の祭りなんですよね。

しかも、町中でこの祭りの開催日を半年以上も前から宣伝していて、かなり力をいれている祭りなんですよね。






その祭りの名は、



「赤羽馬鹿祭り」



赤羽馬鹿祭り

( ↑ クリックで特設サイトへ )




ふざけた名前の祭りだけど、今年で60回目を迎えたらしい。

当たり前の話だが、60年前にこの祭りは始まったのだ。

1956年に地元の商店主達が4月のエイプリルフール(4月馬鹿)にちなんで勢いで開催したのが始まり。

なんというか、中学生の「バンドやろうぜ!」のノリに近いものを感じる。

初期は参加商店主が何か得体の知れない物に扮装していたらしく、その様子がこちら。










よくこんな映像が残ってたなぁ。
自分の地元の映像資料がYouTubeに上がっているとは、なんとも感慨深い。








で、現在はこんな感じ




今でも大勢の仮装した人たちが街中をパレードしているのがこの祭りの名物である。

老若男女が一斉に馬鹿になる、なんだか胸を打たれるものがありますよね。






今では40万人の来場者が訪れる北区最大のイベントとなっている。 









祭りの目的




この祭りは、戦国時代、同地に稲付城を築き、管弦楽などの遊びを地元民にも普及させたといわれる太田道灌の偉業を讃えてのこととされているらしい。

このちゃんとした祭りの目的に逆に胡散臭さを感じてしまうのは僕だけだろうか。







「赤羽馬鹿まつり」の起源を想像してみる


 


果たして満場一致の賛成票で開催された祭りだったのだろうか。


今年で60年を迎えるこの祭りを支えてきた人たちの想いはどういうものだったのか。



「街中で馬鹿になる?ふざけんな!」と自治会の人や街の人たちからバッシングされながら、やっと開催された祭りだったんじゃないか。


想像し始めたら止まらないけど、一つわかることは、「この祭りは続けるべきだ」という誰かの強い思いがあるからこと、今日まで続いているのだ。
 






「馬鹿になれ!」60年の時を超えたメッセージ



そんな想像をしていたら、1つの結論に至った。


受け継がれていくのは、祭りそのものではなくて、「受け継がなければ!」という想いなのだと。


「馬鹿になりゃいいじゃん!」


60年前に僕の地元の商店街の誰かがあげた小さな産声が、60年の時を超えて僕のところにしっかりと届いている。






それでは最後にロマンチスト竹下の1曲紹介




さ、それでは皆さん最後はお祭り気分で、馬鹿騒ぎしましょうよ♪



 

EBONEE WEBB - DISCO OTOMISAN 






1978年の作品ですが、逆に新しいですよね。
今聴いてもまったく色褪せていません。

外国人が日本語で歌ってるってのだけでもシビれるのに、このカバーアレンジセンス!

脱帽!& Dancing!!


それでは、みなさん「馬鹿になれ!」 













blog : 竹下陽一の朝飯前

2 コメント:

  1. 赤羽が、あなたの地元になってるようですね。生まれた場所も大事ですが、今、居る所が大好きになれるのは幸せになれる必要条件だと思います。賑やかな街のようてす?

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  2. コメントありがとうございます。
    そうですね、赤羽は僕にとっては思い入れの深い土地となりました(^^)
    賑やかな街ですよ♪
    お酒を飲む人なら、なおさら楽しい場所だと思います☆

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