こんにちは!
今日はしっかりと朝飯前らしい時間帯の更新ができました。
ありがとう!
皆さん、ありがとう!
ということで、今日も張り切って記事を書いていこうと思います。
最近話題になっているあの言葉
「下流老人」
たまたまこの言葉を目にして、思うところが多々ある。
ご存知の無い方はこちらの記事を。
増え続ける「下流老人」とは!?
ー年収400万円サラリーマンも老後は下流化する!?ー
( ↑ クリックで記事サイトへ )
「不況」「就職難」「学力低下」「医療費問題」
マイナスな言葉で僕らの不安を煽るニュースや噂は世間に蔓延しているし、得てして日本人はそういう記事を見るのが好きである。
たしかに、不安なことを誰かと共有していると、それだけで緩和されたような気持ちにはなれる。
しかし、僕はそれがあまり好きではない。
なんだか、「世間」というやつの陰口を叩いている気がしてならないのだ。
大切なことは、
確かに、問題事項を知ることは大切なことである。
現状確認、自分の立ち位置を知るための重要な材料となるから。
しかし、その「不安」を募らせるための問題事項をいくらかき集めたところで、何の解決にもならないのだ。
仲間と不安感を共有しても何も変わらない。
現状を飲みこんだ上で打破する、好転させていく強さが、いつの時代にも共通するパワーなのだ。
「可哀想な事件だったね。」で済めば世話ない
ずいぶん前の話題を取り上げてしまって申し訳ないが、「下流老人」の記事を読んで、ふと思い出した事件があった。
2006年「京都認知症母殺害心中未遂事件」である。
もう忘れてしまっている人もいるかもしれない。
当時の記事を毎日新聞の紙面から抜粋させてもらう。
地裁が泣いた -認知症母殺害事件初公判-
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、 認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。
母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、 06年1月31日に心中を決意した。
「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で、
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、 自分も包丁で首を切って自殺を図った。
冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、 眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。
(2006/04 毎日新聞紙面より)
「変わる」のではなく、「変える」時代
時代は常に「変化する生き物」である。
それに「対応し続ける生き物」が人間である。
だからいつの時代も「時代と共に変化できる少数の人間」によって時代がリードされている。
絶えず、環境は変化する。
自分の力では時代を変えることはできないかもしれない。
しかし、たった一人の些細な変化が、自分の身の回りに大きな変化と影響を及ぼすことはある。
不安を共有するのは構わない。
それで気持ちが安らぐこともあるだろう。
しかし、「ねぇ、でもなんとかしてみようよ!」というあなたの一言で変化の扉は開かれるかもしれないのだ。
なぜ恐竜は滅んだ?
大恐竜時代に地球の支配者であった恐竜たち。
なぜ1匹もいなくなったのだろう。
氷河期が来たから。
火山の大噴火があったから。
食糧がなくなったから。
様々な説がある。
しかし、僕の極論はこうだ。
「環境の変化に対応できなかったから」
“対応”ができなければ滅びる
どんな事象にも当てはまる。
仕事、恋愛、コミュニケーション、スポーツ、そして生きるということ。
常に“対応”だけが求められ、それができないと居場所を失う。
滅びるのだ。
“対応”して行く中に、“変化”していくための小さなきっかけがある。
だから、「嘆いてもいい!でも、対応していこう!」と自分に言い聞かせながら今日も仕事へと向かうのである。
今日も懲りずに
今週は毎日1曲紹介してますね!
この調子で今週は毎日紹介していこうかな。
安藤裕子 - ぼくらが旅に出る理由
言わずと知れた小沢健二の名曲☆
さあ、今日も愉快な旅に出かけましょう!!
blog : 竹下陽一の朝飯前

体調はいかがですか?お大事に。
返信削除現代は、今までにないほどの勢いで変化しています。確かに。
高学歴で安心して暮らせた時代ではないように思います。
現状を理解し、素早く対応する力が必要ですね。
逞した、タフさは必須です。
そして、語り合える誰かも。
目標設定して、ブレない?
でしょうか?
コメント、体調の心配ありがとうございます。
削除おかげ様で元気に活動しております(^^)
ブレないためには哲学、前進していくためには対応力。
この2つのバランスが大切かもしれないですね。
あとタフさも!
僕もまだまだ発展途上!